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「船の歴史(日本編)」 古代

●船の歴史 日本編

前回、船の歴史を世界の視点でご紹介していきました。
今回はわが国日本の船の発展の歴史をご紹介いたします。

今や最先端の技術で、私たちのマリンライフを快適にして
くれるボートや船舶。

そのボートや船舶が日本ではどのような経緯を辿り、
発展していったのか?そして船の発展とともに、
私たち人間の生活にはどう影響していったのか?
そのような部分を紐解いていきましょう。


☆船の歴史 日本

古代
日本の先史時代の丸木舟の発見例はおおよそ200例ほどである。
その中には1989年に東京都北区上中里の中里遺跡で発見された
全長5.79mの丸木舟や、1995年に千葉県香取郡多古町で発見
された全長7.45mの丸木舟など大型のものの出土例もある。
また1998年に京都府舞鶴市の浦入遺跡で出土した丸木舟は、
現存長は4.4mであるが、幅85cm、長さ8m以上あったと推測され、
一本の巨木を刳り抜いた堅牢なモノコック構造の刳舟であり、
縄文時代前期には外洋での航海が可能な丸木舟が存在した。

縄文時代以後も日本船はモノコック構造の刳舟が主流であった。
古墳時代以後の大型の刳舟の出土例は大阪湾周辺に多く、
単材刳舟ばかりではなく複材化した準構造船と呼べるものも出土している。
単材刳舟としては大阪市西淀川区大仁町鷺洲で古墳時代のものと推定され
る全長11.7mの刳舟が出土しており、複材刳舟のうち前後継ぎのもの
出土例として、大阪市今福鯰江川の三郷橋(現・城東区今福西1丁目)で
大正6年(1931年)5月に全長13.46m、全幅1.89mの刳舟が、
同市浪速区難波中3丁目の鼬川で明治11年(1878年)に残存長12m程
の刳舟がある。他に天保9年(1838年)愛知県海部郡佐織町で出土した
前後継ぎの刳舟は残存していた長さが十一間二尺(20.6m)あったといわれている。

※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

いかがでしたでしょうか?

やはり日本でも古代から船は人々の手によって作られ、
そして生活を支えていたんですね。
それにしても本当にウィキぺディアは勉強になります。
まさに現代の英知ですね。

次回からも日本の船の歴史をどんどんご紹介していきます!

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